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「本当にSなんだってわかりました。」

とセッションが終わった後に言われる事があるけど
はて、本当にSとはなんだろうか。

SとMでは、Sの方を劣性と捉える事が一般的になっている気がします。

自称サドな人間にマゾな部分があると
サドじゃないじゃん
と淘汰される。

逆だとそんな事はありませんね。

それは自己認識も同じで
自分にマゾな部分が少しあったら
サドだと言えない
と考えるのが多いのではないでしょうか?

10:0ではないとサドではないなんて変よね。

そもそも人によってSとMに振り分ける
持ち分が違う。
みんなが10持ってるわけじゃない。
5の人もいれば20、100の人だっている。

それでは
S:Mが3:2の人間と15:30はどっちのがサド?

どう思いますか?
私は後者だと思う。

人間なんて一面しかないわけじゃないんだから
後者のサドが本物じゃない、なんていうのは野暮なんじゃないかしら。


私の事を
本当にSなんだと思いました。
と言ってくれた人間は

マゾを感じないから言ったのではなくて
私のサドの欲求の大きさを感じとったから言ったのでしょう。


私は快楽主義なので自分が気持ちいいと思う事をするだけ。
それにこだわりなんか持たない。
だって変にこだわって快楽を感じられなかったらもったいないじゃない。

だから冗談で奴隷とかに
「他でSもやってみれば?」
と言っちゃう笑


快楽を感じる方法がたくさんある方が楽しい。

それはプレイでも同じ事ですね。
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