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2011.02.28 SM観と奴隷観
SMが好き
と言ったって、人それぞれ好みは違います。

SMする訳は?、SMを通して何を感じたいのか…?
自分が感じたい何かがあって、それを感じる為にSMをやるのですね。
行為が先ではありません。


さて、私の場合はと言うと…

私は自分の思う通りに、させていく過程が好きなのです。
反抗、反発などなど感じているものを
屈服させる、従わせる、
というのが好きです。
短く言うと支配するのが好き、となりますね。

そういう過程がプレイの中にあると楽しいです。


それは何でもいいんですが…
例えば「痛み」だとしますと
痛みから避けたり抵抗したりしようと普通はしますよね。
それを、受け入れる、という風に変えていくのが楽しいのです。

辛いこと
逃げたいことを受け入れさせるのが好き。

抵抗反発している時ってわかります。
そういう様子が見られると、カチーンとするのと同時にやる気がみなぎります笑

だけど、それは自分にとってプレッシャーでもあります。
勝負に出るわけですから。



普通の人間同士の関係だと、お互い尊重し合って付き合った方が楽です。
従わせる自信、引かない強気をもって、一人の人間と付き合っていくのはなかなか気合いがいることだと思います。

よく「奴隷にして下さい。」と聞きますが
奴隷にするということは、そのプレッシャーを考えても自分のものにしたいか、と思えないとできないのです。
特に、普通の人間関係からスタートした人間を奴隷にするのは大変です。
尊重していた部分を、無くしていく作業は大変!

好きでもない人間だったら気にしなくて、いいと思います。
だけど好きでもない人間のことを奴隷にしたくはないよね。

こんなことしたら、さすがに嫌がるんじゃないの?
と遠慮する気持ちが生まれてしまいますが
その遠慮する気持ちがある限り、奴隷と呼べないんじゃないかなあと私は思います。


奴隷とは、そういうプレッシャーから解放されたところにあるのです。

人間として見てない
と言いますか笑
私のものだ、所有物だ、と確固たる自信があって
初めて、「奴隷」と呼べると思います。
プレイの時だけ、そう思える相手ならそれはプレイパートナー、って呼称のがしっくりきます。


と、今日は私のSM観と奴隷観をお話しました。
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